気づいているつもり、の落とし穴

マインドセットを学んでいると、少しずつ自分の思考や感情に気づけるようになってきます。

「あ、今、私イライラしている」

「また人の目を気にしているな」

「今、相手をコントロールしようとしていたかも」

以前なら無意識に反応していたことに、自分で気づけるようになる。

これは、とても大きな変化です。

でも、ある程度マインドセットを学んできた人には、もうひとつ気づいてほしいことがあります。

それは、

「気づいているつもりの自分」が、実は新しい思考を作っていることがある。

ということです。

今回は、そんな少し深いお話をしてみたいと思います。

■ 「気づく」と「評価する」は違う

例えば、誰かの言葉にイラッとしたとします。

以前なら、そのまま相手に言い返していたかもしれません。

でも、マインドセットを学んできた今は、

「あ、私、今イライラしている」

と気づけるようになった。

ここまでは、とても良いですね。

ところが、その直後に、

「またイライラしちゃった」

「まだこんなことで反応するんだ」

「何年もマインドを学んでいるのに、全然できていないな」

と思ったとしたら、どうでしょう?

ちょっと考えてみてください。

最初の、

「私は今、イライラしている」

これは、自分の状態に気づいています。

でも、

「まだこんなことで反応するなんて、私はダメだ」

こちらは、気づきではありません。

自分に対する評価です。

つまり、

気づいたつもりで、いつの間にか自分をジャッジしているのです。

・・・・

■ 思考さんは、観察している時にも働いている

ここが面白いところです。

私たちは、マインドセットを学ぶと、

「自分の思考を観察しよう」

「感情に巻き込まれず、俯瞰してみよう」

と考えるようになります。

ところが、思考さんはとても頭が良いので(笑)、観察している最中にも働きます。

例えば、

「私は今、不安になっている」

と気づいたとします。

すると、すぐに、

「どうして不安になるんだろう?」

「きっと私は自信がないからだ」

「まだ自己肯定感が低いんだな」

と、分析が始まることがあります。

もちろん、分析すること自体が悪いわけではありません。

自分を理解するために役立つこともあります。

ただ、ここで一度確認してほしいのです。

それは本当に観察しているのでしょうか?

それとも、

観察したことに対して、新しい解釈を加えているのでしょうか?

この違いが分かるようになると、マインドセットの学びがもう一段深くなります。

■ 事実と解釈は、自分の内側でも混ざる

以前の記事で、「事実と解釈を分ける」という練習をしました。

例えば、

「相手から返事が来ない」

これは事実です。

「嫌われたのかもしれない」

これは解釈です。

では、自分の内側ではどうでしょう?

「私は今、緊張している」

これは、今感じている状態の観察です。

「私は人前に出るのが苦手な人間だ」

これは、自分に対する解釈です。

「私は今、腹が立っている」

これは観察です。

「私はまだ精神的に未熟なんだ」

これは評価です。

こうして見ると、違いは分かりやすいですよね。

ところが実際には、この二つが一瞬でつながってしまいます。

自分の状態に気づいた直後に、思考さんが勝手に意味づけを始めるのです。

そして、その意味づけまで含めて、

「私は自分を客観的に見られている」

と思ってしまう。

ここが、今回の落とし穴です。

・・・・

■ 「分かっている人」でいようとしていませんか?

マインド歴が少し長い人に考えてみてほしいことがあります。

それは、

マインドセットを学んできた自分に、どんな期待をしているか?

ということです。

例えば、

「もう3年も学んでいるんだから、こんなことで怒ってはいけない」

「講師の立場なんだから、もっと俯瞰できなければ」

「人の課題に踏み込まないことくらい、分かっているはず」

そんなふうに思うことはありませんか?

でも、よく考えてみてください。

マインドセットを学ぶ目的は、怒らない人間になることでしょうか?

いつでも冷静な人になることでしょうか?

何が起きても反応しない人になることでしょうか?

私は、そうではないと思っています。

人間なのですから、腹が立つこともあれば、不安になることもあります。

悲しいことも、嫌なこともあります。

大切なのは、それらをなくすことではなく、

自分の中で何が起きているのかを知り、その後の行動を自分で選べるようになること。

ではないでしょうか。

ところが、

「学んできた自分は、こうあるべき」

という新しいルールを作ってしまうと、そのルールによって自分を苦しめることになります。

せっかく自由になるために学んでいるのに、学んだ知識で自分を縛ってしまう。

これでは、ちょっともったいないですよね。

■ 自分を分析することが、逃げ道になる場合もある

ここからは、さらに少し深いお話です。

自分の思考を分析することに慣れてくると、感情が動いた瞬間に、その理由を説明できるようになることがあります。

例えば、

誰かから厳しいことを言われた時、

「私は承認欲求が強いから、否定されたと感じたんだな」

と考えたとします。

なるほど。

確かに、そういう可能性もあるでしょう。

でも、その時に、

自分が実際に何を感じていたのか

を十分に見ているでしょうか?

悲しかったのかもしれません。

悔しかったのかもしれません。

怖かったのかもしれません。

あるいは、単純に腹が立ったのかもしれません。

ところが、

「これは承認欲求の問題だ」

と結論を出した瞬間に、それ以上、自分の感情を見なくなってしまうことがあります。

つまり、

分析することで、かえって自分の感情から離れてしまう。

ということもあるのです。

もちろん、いつもそうなるわけではありません。

ただ、自分の感情に名前をつけたり、原因を説明したりすることと、その感情を十分に理解することは、必ずしも同じではないのです。

・・・・

■ 本当の観察は、結論を急がない

では、どうすればいいのでしょう?

私は、まず結論を急がないことが大切だと思っています。

例えば、

「あ、私、今イライラしている」

と気づいた。

そこで、すぐに、

「なぜ?」

「どうすれば直せる?」

「これは何の思い込み?」

と考え始める前に、ほんの少しだけ、その状態を見てみます。

「イライラしているんだな」

「胸のあたりが落ち着かないな」

「相手に言い返したい気持ちがあるな」

それだけです。

良いとも悪いとも決めません。

直そうともしません。

原因を探す必要もありません。

ただ、

「今、自分の中ではこういうことが起きている」

と確認してみる。

その後で、必要なら考えればいいのです。

ここで大事なのは、分析を禁止することではありません。

観察と分析を、意識して分けられるようになること。

これができると、自分の思考との付き合い方が変わってくると思います。

■ ミニワーク:観察と評価を分けてみよう

今回は、少しだけ難しいワークです。

次の文章を読んで、どこまでが「観察」で、どこからが「評価・解釈」なのかを考えてみてください。

ワーク①

「また人の目を気にしてしまった。私はいつまでたっても自分軸がないんだな」

この文章には、観察と評価が混ざっています。

どこで分かれるでしょう?

まず、

「人の目を気にしていることに気づいた」

ここは観察です。

でも、

「私はいつまでたっても自分軸がない」

こちらは、自分に対する評価・解釈です。

では、評価を外すとどうなるでしょう?

「私は今、人からどう思われるかを気にしている」

これだけでも十分なのです。

ワーク②

「私はまた相手の課題に踏み込んでしまった。やっぱりコントロールしたい気持ちが強いんだと思う」

こちらはどうでしょう?

「相手の課題に踏み込んだ」

という部分も、実はもう少し確認が必要です。

具体的に何をしたのでしょう?

相手にアドバイスした?

頼まれていないのに手伝った?

相手の行動を変えようとした?

例えば、

「相手から相談されていないのに、こうした方がいいと伝えた」

なら、具体的な行動として確認できます。

一方、

「コントロールしたい気持ちが強い」

というのは、その行動に対する解釈です。

もちろん、その解釈が間違っているとは限りません。

でも、ほかの可能性もありますよね。

相手を心配していたのかもしれません。

自分が不安だったのかもしれません。

単に、役に立ちたかったのかもしれません。

一つの解釈を、唯一の答えにしないこと。

ここも俯瞰力を育てる大切なポイントです。

ワーク③:自分の言葉でやってみましょう

ここからが今回の本題です。

最近、自分の思考や感情に気づいた場面をひとつ思い出してください。

そして、次の順番で書いてみましょう。

① 何が起きましたか?

できるだけ具体的な事実を書きます。

② その時、自分の中で何を感じましたか?

腹が立った、悲しかった、不安になった、緊張したなど、感じたことを書きます。

③ その後、自分にどんな言葉をかけましたか?

ここが今回、特に見てほしいところです。

「またやってしまった」

「まだまだだな」

「私はこういう性格だから」

「前より成長したな」

など、どんな言葉でも構いません。

④ その言葉は、観察ですか? それとも評価・解釈ですか?

自分を褒めている場合でも、評価が入っていることがあります。

評価することが悪いわけではありません。

ただ、観察とは違うということに気づいてみてください。

⑤ 評価を外したら、何が残りますか?

最後に、解釈や評価をできるだけ外して、自分の状態をもう一度文章にしてみましょう。

・・・・

■ さらに上級者向けの問い

ここまでできた方には、もうひとつ考えてみてほしいことがあります。

それは、

「私は今、ちゃんと観察できている」と思った時、その判断は何を基準にしているのでしょう?

ということです。

少しややこしいですよね(笑)

でも、ここが面白いところです。

「私は俯瞰できている」

と思った瞬間にも、私たちは自分について判断しています。

では、その判断は本当に正しいのでしょうか?

自分では冷静だと思っていても、別の人から見れば、何かに強くこだわっているように見えるかもしれません。

自分では相手を理解していると思っていても、実は自分の経験に当てはめているだけかもしれません。

つまり、

自分を観察している、その視点自体にも思い込みが入り込む可能性がある。

ということです。

だからこそ、

「私は分かっている」

で終わらせず、

「もしかしたら、別の見方もあるかもしれない」

という余白を持っておく。

これが、学びを深めていく上でとても大切なのだと思います。

■ 俯瞰力が育つとは、どういうこと?

マインドセットを長く学んでいると、以前よりも自分の思考に気づけるようになります。

それは確かな成長です。

でも、その先にはもう一段階あります。

自分の感情に気づく。

その感情に対する自分の評価に気づく。

そして、その評価をしている自分の視点にも気づく。

そんなふうに、少しずつ見える範囲が広がっていく。

ただし、すべてを完璧に観察できる人になる必要はありません。

むしろ、

「自分には、まだ見えていないものがあるかもしれない」

と思えること。

それこそが、俯瞰力を育てていく上で大切なのではないでしょうか。

「気づいているつもり」になっていないか。

「分かっているつもり」になっていないか。

そして、気づいた自分を、また評価していないか。

時々、そんなところまで見てみる。

マインドセットを学ぶというのは、正しい答えをたくさん持つことではなく、

自分が当たり前だと思っていることを、何度でも違う角度から見られるようになること。

なのかもしれませんね😌

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