自分の「正しさ」を手放せない理由

今回は自分の「正しさ」を手放せない理由

というテーマでお届けします

誰かと意見が違った時、

「どうして分かってくれないんだろう?」

「普通に考えれば、こうでしょう?」

「私の言っていることは間違っていないのに……」

そんなふうに思ったことはありませんか?

自分では冷静に考えているつもり。

相手の立場も理解しているつもり。

でも、なぜか納得できない。

そして、気がつくと、

「どうすれば相手に分かってもらえるか」

ばかり考えている。

今回は、そんな「自分の正しさ」について考えてみたいと思います。

■ 私たちは、自分の考えを正しいと思っている

まず、少し考えてみてください。

あなたが何かを判断する時、

わざわざ「間違っている」と思う方を選ぶでしょうか?

おそらく、そんなことはありませんよね。

その時の自分が、

「これが正しい」

「これが良い」

「これが適切だ」

と思うものを選んでいるはずです。

つまり、

私たちは基本的に、自分が正しいと思う考えを使って判断しています。

これは、ごく自然なことです。

ところが、ここにひとつ落とし穴があります。

それは、

「私は正しいと思っている」ということと、「実際に正しい」ということは違う。

ということです。

当たり前のようですが、意見が対立した時には、この違いが見えなくなりやすいのです。

・・・・

■ 相手も、自分が正しいと思っている

例えば、家族とのこんな場面。

あなたは、

「健康のためには、毎日少しでも運動した方がいい」

と思っています。

実際、運動には健康上のメリットがあります。

だから、家族にも運動を勧めます。

ところが相手は、

「仕事で疲れているんだから、休みの日くらいゆっくりしたい」

と言います。

あなたは、

「少し歩くだけでも違うのに」

と思うかもしれません。

でも、相手は相手で、

「今の自分には休息が必要だ」

と思っているのです。

ここで面白いのは、

どちらも自分なりの理由を持っているということです。

あなたは健康を大切にしている。

相手は休息を大切にしている。

もちろん、運動と休息は両立できることもあります。

でも、お互いが自分の考えだけを基準にすると、

「どうして分からないの?」

という気持ちになってしまいます。

つまり、

自分の正しさだけを見ていると、相手が何を大切にしているのかが見えにくくなる。

ということです。

■ 「正しいこと」と「相手が従うこと」は別

ここは、とても大切なところです。

例えば、あなたが相手に伝えたことが、客観的に見ても正しかったとします。

でも、

正しいことを伝えたからといって、相手がそのとおりに行動するとは限りません。

なぜなら、相手には相手の事情や価値観、選択があるからです。

先ほどの運動の例なら、

運動が健康に良いという情報を伝えることと、

相手に運動させることは違います。

ところが、私たちはこの二つを混ぜてしまうことがあります。

「正しいことを言っているのに、なぜやらないの?」

と。

ここで一度、考えてみてください。

自分が求めているのは、

相手に正しい情報を伝えることでしょうか?

それとも、

相手が自分の思いどおりに行動することでしょうか?

この違いに気づくだけでも、人との関わり方が変わってくると思います。

・・・・

■ なぜ自分の正しさを守りたくなるのか?

では、なぜ私たちは自分の考えを手放しにくいのでしょう?

理由はいくつも考えられます。

そのひとつは、

自分の考えを否定されることが、自分自身を否定されることのように感じられる場合があるからです。

例えば、

長い間、自分なりに努力してきたこと。

時間をかけて学んできたこと。

経験を重ねて、ようやくたどり着いた考え。

そういうものほど、大切に感じることがあります。

だから誰かに、

「私はそうは思わない」

と言われると、

単に意見が違うだけなのに、

「私の努力を否定された」

「私の経験を分かってもらえない」

と感じてしまうことがあります。

でも、少し分けて考えてみましょう。

相手があなたの意見に賛成しないことと、あなた自身の価値を否定することは同じではありません。

相手は、単に別の考えを持っているだけかもしれないのです。

■ 俯瞰しているつもりでも、自分の判断を守っている?

ここからが、今回の本題です。

マインドセットを学んでいると、

「相手の立場も考えよう」

「自分の思い込みに気づこう」

「物事を俯瞰して見よう」

と考えるようになります。

でも、こんなことはないでしょうか?

相手の話を聞きながら、

「なるほど、この人はこういう思い込みを持っているんだな」

「この人は、まだ課題の分離ができていないんだな」

「この人は、自分の感情に振り回されているんだな」

と分析している。

一見、相手を客観的に見ているように思えます。

でも、ここでひとつ質問です。

その分析は、本当に客観的なのでしょうか?

もしかしたら、

「自分は理解している側」

「相手は理解していない側」

という前提で見ているかもしれません。

つまり、

俯瞰しているつもりで、実は自分の考えを正しいものとして固定している。

そんなことも起こり得るのです。

・・・・

■ 知識が増えるほど、気づきにくくなることもある

これは、マインドセットに限った話ではありません。

何かを深く学ぶと、物事を説明するための知識が増えます。

そして、その知識を使って、人の行動を理解できるようになります。

これは素晴らしいことです。

でも、知識が増えたからこそ、

「これはこういう心理だ」

「この人はこういうタイプだ」

と、早く結論を出してしまうこともあります。

例えば、誰かがあなたのアドバイスを受け入れなかったとします。

そこで、

「この人は変化を怖がっているんだな」

と考えた。

確かに、そうかもしれません。

でも、ほかの可能性はないでしょうか?

アドバイスがその人の状況に合っていなかったのかもしれません。

すでに別の方法を試しているのかもしれません。

そもそも、アドバイスを求めていなかったのかもしれません。

あるいは、あなたが知らない事情があるのかもしれません。

つまり、

自分の分析が正しい可能性もあるけれど、それ以外の可能性もある。

ということです。

俯瞰するとは、自分の判断を捨てることではありません。

自分の判断も、数ある可能性のひとつとして見られること。

私は、ここが大切だと思っています。

■ 「正しさ」を手放すとは、何でも受け入れることではない

ここで誤解してほしくないことがあります。

自分の正しさを手放すというのは、

「相手の言うことを全部認めましょう」

という意味ではありません。

例えば、

明らかに間違った情報を伝えられた。

不当な要求をされた。

約束を破られた。

そんな時まで、

「相手にも相手の正しさがあるから」

と受け入れる必要はありません。

事実として確認できることは確認する。

必要なら反論する。

自分の考えを伝える。

境界線を引く。

そういうことも大切です。

ただ、その時に、

「私は絶対に正しい。相手は間違っている」

という前提だけで考えていないか、確認してみる。

自分の意見を持つことと、自分の意見以外を認めないことは違います。

・・・・

■ 自分の正しさを守ろうとしている時のサイン

では、どうすれば自分の正しさにこだわっていることに気づけるのでしょう?

例えば、こんな状態になっていないでしょうか。

相手の話を聞きながら、頭の中では反論を考えている。

相手の意見の中から、間違っている部分ばかり探している。

自分に都合の良い情報は受け入れるのに、都合の悪い情報は軽く扱っている。

相手が納得してくれないと、いつまでも説明を続けたくなる。

こういう時には、一度立ち止まってみるといいかもしれません。

もちろん、これらが必ず「正しさへの執着」を意味するわけではありません。

でも、自分の中で何が起きているのかを確認するきっかけにはなります。

例えば、

「私は今、相手の話を理解しようとしている?」

それとも、

「自分の考えが正しいと証明しようとしている?」

この二つは、似ているようで違います。

■ 正しさを手放すと、何が変わる?

例えば、相手と意見が違った時、

以前なら、

「どうして分かってくれないの?」

と思っていた。

でも今は、

「この人は、何を大切にしているんだろう?」

と考えてみる。

あるいは、

「私の考えにも、見落としていることがあるかもしれない」

と思ってみる。

すると、相手の話を聞く時の姿勢が変わることがあります。

もちろん、話を聞いた結果、

「やっぱり私は自分の考えが適切だと思う」

という結論になっても構いません。

大切なのは、結論が変わることではありません。

結論を出すまでに、どれだけ別の可能性を見られたか。

ということです。

自分の意見を持ちながら、相手の意見も検討できる。

そして、必要なら自分の考えを修正できる。

これができると、自分の正しさを守るために使っていたエネルギーを、問題の解決や相手の理解に使えるようになるかもしれません。

・・・・

■ ミニワーク:自分の「正しさ」を観察してみよう

今回は、最近誰かと意見が違った場面をひとつ思い出してみてください。

大きな出来事でなくても構いません。

家族との会話。

友人とのやり取り。

仕事での意見の違い。

そんな身近な出来事で十分です。

① 何について意見が違いましたか?

まず、事実だけを書いてみましょう。

「私は○○が良いと思った」

「相手は△△が良いと言った」

というように、具体的に書きます。

② あなたは、なぜ自分の考えが正しいと思いましたか?

ここでは遠慮せず、自分の理由を書いてみてください。

経験があるから。

知識があるから。

以前うまくいったから。

効率が良いから。

どんな理由でも構いません。

③ 相手は、なぜ違う考えを持っていたのでしょう?

ここが今回の大切なところです。

「相手が分かっていないから」

という答えで終わらせず、

もし相手の考えにも理由があるとしたら、それは何だろう?

と考えてみてください。

ただし、相手の本当の理由は、本人に聞かなければ分からないこともあります。

ここでは、あくまで可能性として考えてみます。

④ 自分の考えに、見落としていることはありませんか?

例えば、

自分の経験だけを基準にしていないか。

相手の事情を十分に知らないのではないか。

自分にとってのメリットを、相手にとってもメリットだと思っていないか。

そんな角度から見直してみましょう。

⑤ 最後に、もう一度自分の意見を考えてみましょう

ここまで考えた上で、

「それでも私は、こちらが良いと思う」

という結論になっても構いません。

反対に、

「相手の考えにも一理あるな」

と思うかもしれません。

あるいは、

「どちらが良いかは、状況によるのかもしれない」

という答えになるかもしれません。

どれでもいいのです。

今回の目的は、相手の意見に合わせることではありません。

自分の考えを、いつもとは違う角度から見直してみること。

です。

・・・・

■ さらに、もうひとつ考えてみてください

今回のワークで、

「私は相手の立場も考えられた」

「自分の思い込みにも気づけた」

と思った方へ。

もうひとつ質問です。

「相手の立場を理解できた」と判断しているのは、誰でしょう?

そうです。

自分自身です。

つまり、

「私は相手を理解できた」

という判断も、自分の視点から生まれています。

本当に理解できたかどうかは、相手に確認してみなければ分からない部分もあります。

ここまで考えると、少しややこしくなりますね(笑)

でも、これが俯瞰力の面白いところです。

自分の考えを見る。

その考えを判断している自分にも気づく。

そして、

「まだ自分には見えていないことがあるかもしれない」

という可能性を残しておく。

それだけで、物事の見え方が少し変わってくると思います。

■ 自分の考えを持ちながら、自由でいる

自分の考えを持つことは、とても大切です。

経験を重ね、学びを深め、自分なりの判断ができるようになる。

それは、素晴らしいことだと思います。

でも、その考えを、

「絶対に変えてはいけないもの」

にしてしまうと、新しい情報が入ってきにくくなります。

反対に、

「今の私はこう考えている」

「でも、違う可能性もあるかもしれない」

と思えたらどうでしょう?

自分の考えを大切にしながら、必要に応じて変えることもできます。

私は、それが本当の意味での自由につながるのではないかと思っています。

正しさを手放すとは、自分の考えをなくすことではありません。

自分の考えに、しがみつかなくてもいられること。

なのかもしれません。

・・・・

最後に、ひとつだけ質問です。

あなたが「これは絶対に正しい」と思っていることの中に、まだ見ていない別の可能性はありませんか?

すぐに答えを出す必要はありません。

時々、そんな問いを自分に向けてみる。

それだけでも、俯瞰する視点が少しずつ広がっていくのではないでしょうか。😌

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