「正しい・正しくない」に強く反応してしまう・・・

「正しい・正しくない」に強く反応してしまう時、何が起きているのか?

・・・・

人と話している時に、
「それは正しい」
「それは間違っている」

という言葉に、強く反応してしまう人がいます。

相手が何を言ったか以上に、
それが正しいのか、間違っているのかが気になってしまう。

自分が正しいかどうか。
相手が間違っているかどうか。
そこに強く引っ張られてしまう。

こういうことはないでしょうか。

・・・・

■ 「正しい」は、思っているより揺れるもの

私たちはつい、
「正しい」はひとつで、
「間違い」ははっきりしているように感じます。

でも本当にそうでしょうか。

例えば、

「これは絶対に正しい」
と思っていることも、

国が変われば違うかもしれない。
時代が変われば違うかもしれない。
文化が変われば違うかもしれない。

日本では当たり前でも、
別の国ではそうではないことはたくさんあります。

今ではおかしいとされることも、
昔は普通だったことがあります。

つまり、

・・・・

🌿 “正しい”は、思っているより環境に左右される😌

・・・・

ということです。

・・・・

■ ルールの多くは、人間が作ったもの

もちろん、
法律違反のように
「社会の中で明確に決められているルール」
はあります。

でもそのルールですら、

  • どの国にいるか
  • どの時代にいるか
  • どんな文化の中にいるか

で変わります。

つまり、
多くの「正しさ」は、

・・・・

🌿 絶対の真理というより、その場の前提😏

・・・・

だったりします。

人間社会を回すために、
一時的にそう決めているもの。

そう考えると、
私たちが握りしめている「正しさ」も、
少しやわらかく見えてきます。

・・・・

■ では、なぜ人は「正しい・正しくない」に強く反応するのか?

ここが本題です。

人が「正しい・正しくない」に強く反応する時、
本当に反応しているのは、

正義そのものではなく、

・・・・

🌿 自分の安心😌

・・・・

であることが多いです。

「正しい側」にいられれば安心。
「間違っていない」と確認できれば安心。
「相手が間違っている」と分かれば安心。

つまり、

正しさを求めているようで、
本当は

・・・・

🌿 安心できる場所を探している😌

・・・・

ことがあります。

・・・・

■ 正しさは、人を守るためにも使われる

「正しい」は、
自分を守るためにも使われます。

自分が傷ついた時、
相手が悪いと分かれば少し安心する。

自分が不安な時、
自分が正しいと思えれば少し落ち着く。

これは悪いことではありません。

むしろ自然な反応です。

でもここで気づいておきたいのは、

・・・・

🌿 “正しさ”を握る時、人は少し固くなる😏

・・・・

ということです。

正しいか、間違っているか。
白か、黒か。

そこだけで見始めると、
世界は急に狭くなります。

・・・・

■ 正しさに反応している時、人は視野が狭くなる

正しい・正しくないに強く反応している時、
人は「答え」を急ぎます。

どっちが悪いのか。
どっちが正しいのか。
何が間違っていたのか。

でも、その見方だけでは見えなくなるものがあります。

例えば、

  • なぜその人はそう考えたのか
  • 何を守ろうとしていたのか
  • 何が背景にあったのか
  • 何がすれ違っていたのか

こういうものは、
正誤だけで見ていると抜け落ちやすくなります。

・・・・

■ 正しさより、何が起きていたのかを見る

ここで必要なのは、

「どっちが正しいか?」

ではなく、

・・・・

🌿 何が起きていたのか?😌

・・・・

を見る視点です。

何が起きて、
何がすれ違って、
何に反応して、
何を守ろうとしたのか。

ここを見られるようになると、
正しさに振り回されにくくなります。

・・・・

■ 正しいかどうかより、広く見られるかどうか

もちろん、
社会の中で必要なルールはあります。

でも日常の多くの場面では、

「正しいかどうか」以上に、

・・・・

🌿 広く見られるかどうか

・・・・

の方が大事なことがあります。

正しいか、間違っているか。
ではなく、

今、何が起きているのか。
その人は何を見ているのか。
自分は何に反応しているのか。

そこまで見えるようになると、
「正しさ」は少しやわらかくなります。

・・・・

■ ミニワーク:「正しい」に反応した時、何を守っていた?

最近「それは違う」と強く反応した場面を
ひとつ思い出してみてください。

・・・・

① 何に反応しましたか?

どの「正しくない」に反応したのかを書いてみます。

・・・・

② その時、自分は何を守りたかったですか?

正しさそのものではなく、
安心、秩序、自分の価値、傷つきたくなさ
何を守ろうとしていたか見てみます。

・・・・

③ その出来事を、別の国・別の時代・別の立場で見るとどう見えますか?

・・・・

④ 「正しいか」ではなく、「何が起きていたか」で見るとどう見えますか?

・・・・

■ まとめ

「正しい・正しくない」に強く反応する時、
私たちは正義に反応しているようで、

実は、

・・・・

🌿 自分の安心を守ろうとしている

・・・・

ことがあります。

それ自体は悪いことではありません。

でも、
正しさだけを握ると、
視野は狭くなります。

だから必要なのは、

「どっちが正しいか」を急ぐことではなく、

・・・・

🌿 何が起きていたのかを広く見ること😌

・・・・

です。

その視点が育ってくると、
正しさに振り回されることは少しずつ減っていきます。

そして、
世界はもう少しやわらかく見えるようになるのだと思います😌✨

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA